不登校になったお子さんは、どのように居場所を見つけていったのでしょうか?
また、お子さん本人はどんな気持ちだったのでしょうか。
今回は「今まさに子どもが学校行き渋りだ」「今まさに不登校になった」というご家庭の方に向けて、過去に不登校経験があるお子さんの今の生活や不登校時代のお話をお届けします。
この記事では、現在高校1年生・男の子にお話しいただいた内容をご紹介します。
プロフィール
- 名前:Yくん
- 年齢/学年:高校1年生(インタビュー時)
- 好きなこと:『マインクラフト』で建物を作る、岡崎体育さんのミュージックビデオをマイクラで再現すること、など
今はどんなことをしていますか?
今は、学校の勉強をがんばりつつ、好きな映像制作やマイクラの制作などをして過ごしています。
学校は通信制の学校なので、基本的にオンラインですね。
「学校行きたくない」となった理由や経緯
不登校になったのは中1の冬。
吹奏楽部に入っていたのですが、がんばりすぎて体調を崩して学校に行けなくなりました。
1つのことに集中しだすと他のことができなくなったり、何かやりだすと疲れているのにやめられずにやり続けたりしてしまうところが自分にはあります。
そういった特性を自覚して、対応を変えたことはありますか?
今がまさにそうです。高校のスクーリング(通信制高校で学校に行くこと)があるのですが、疲れそうだなって思うと疲れる前にいったんやめてみています。
気持ちの部分で「よし、やめよう」と止めてみたり、ダメそうだったら一回きちんと休む、とかやってますね。
不登校になった当時の気持ちは?
「もっとがんばりたいな」と思っていました。
あと、「行けなくなって残念だな」って気持ちです。
でも、体を休められたし、ちょうど良かったかもっていう気持ちもありました。
その後、どんなことがきっかけで自分に自信を持てるようになりましたか?
今は自分に自信があります。
自信を持った最初のきっかけは、自分の作品をお母さんが褒め続けてくれたことですかね。
さっきも言ったように何かを再現したり、デジタルで制作したりするのが僕は好きです。
自分で「良いのができたな!」というときはお母さんに見せていたけど、お母さんはずっと褒めてくれていました。
「こんなのできるんだ!」「こんなの作れるんだね!」っていつも関心をもってくれてました。
あと、お父さんがゲーム好きなので、お父さんにも見せていました。
他にも習い事の先生に見せていました。
その後、自分でYouTubeのチャンネルを作り、作品を投稿するようになると、たくさんの人がYoutubeを見てくれて、「いいね!」などの反応をたくさんもらって、そこでも自信が付きました。
あと、学校にいけなくなった後、2年生の体育祭の時に、不登校で出られない代わりにみんなを応援できないかと考え、マイクラで応援動画を作りました。自分の中学校をマイクラで作ったんです。
それをクラスのみんなに見せたり、担任に見せたら、生の様子は見られなかったけど、後で先生からみんな「すごーい!どうやって作ったの!?」とか言っていたと聞きました。
あと、「SCHOOL OF LOCK!」というラジオ番組で自分の作品が紹介されたこともあります。SCHOOL OF LOCK! のラジオに岡崎体育さんが出ると知り、ラジオにメッセージを送ったんです。メッセージには「岡崎体育さんのミュージックビデオをマイクラで再現したものを作っている」、「岡崎体育さんといつか仕事したい」ということを書きました。
そうしたらラジオ局から連絡がきて、そのミュージックビデオの再現動画をくださいと言われて送ったんです。そうしたらラジオの中で紹介してくれて、岡崎体育さんとも話すことができたし、岡崎体育さんも作品を見てくれました!
更に岡崎体育さんがツイッターで僕の動画を紹介してくれました。
https://www.youtube.com/watch?v=4tWvY8CMunE
※リンク先で上記作品を見ることができます。
こうやって自分の好きなことを続けていたら、周りの人が褒めてくれたり、自分の尊敬する人と話す機会ができたりして、自信がついていきました。
高校はどのように進学する気になりましたか?
体調が悪くなって学校に行かなくなったんですが、その後も体調がなかなか回復しなくて、まず「家で授業ができたらいいな」と思いました。
そこで通信制高校を探して、5つぐらいの候補から現在の通学先に決めました。
5つのうち最後の決め手は、内容がすごく自分に合っていたことです。
マイクラを使った授業があったり、メンターさんが生徒一人ひとりに付くのがよかったです。
今好きなこととはどのように出会いましたか?
マインクラフト
最初僕はSwitchを持っていて、Switchの通知でお友だちが「マインクラフトをやってます」って出てきて、調べたら「めちゃくちゃ面白そうじゃん!」ってなって、親に言って買ってもらいました。
サバイバルはあまりやっていなくて、建築メインで遊んでいました。
とにかくなんでも作れるのが楽しいです。
VRでもできるって知って、やってみたり、Mod入れられるって知ってJava版を買ったり。
マイクラ単品でなんでもできるけど、Modで更に遊びの幅が広がるのを知って、とにかくやってみました。
岡崎体育さん
小5の時にお母さんがテレビを見ていて、岡崎体育さんが「てっくん」という人形と歌っている曲をやっていました。
僕はぬいぐるみが大好きなので、「ねぇねぇ人形持って歌ってるよ!」とお母さんが教えてくれました。
なのでお母さんがきっかけですね。
曲が面白いっていうのもあるし、いい曲もたくさんあるし、途中からライブにも行き始めました。
小5の冬くらいに人生初ライブで岡崎体育さんのライブに行きました。
その内容がNHKで放送されて、ちょっとだけそこに自分が映ってるので「運命だな」ってなって更に好きになりました。
再現
マイクラ好きで岡崎体育さんも好きなので、「岡崎体育コラボできないかな?」と考えました。
そこで調べたらMine-imator(※1)を発見して、「これでミュージックビデオ作ればいいじゃん!」となって、作り始めました。
中2の秋くらいから作り始めて、冬にはYouTubeに公開していました。
自分のタイプとして、「0から1」より「1を100にする」のが得意だなと思っていて、すでにあるものをアレンジしたりするのが得意でした。
また、絵本は幼稚園の時から書いていて、なにか作るのは幼いころからずっと好きでした。
※1:マイクラスキンを3D化させることができ、スキンに動きを付けて画像やアニメーションを作ることができるツール
今は普段どんなことをして過ごしていますか?
■平日
- 朝起きて、午前中から昼までは学校のレポートをしています。
- 終わらなかったら午後ももう少しやる。
- 昼飯。
- 午後は制作時間。
- 夜は健康に気をつけて運動しています。今は外が暑いので、『Wii Fit』をやったり、VRの『Beat Saber』などで運動しています。
- 午後に大規模なものを作っていたらそのまま夜までやることもあります。
■休日
- 平日とだいたい同じかな。少し遅く起きる以外はだいたい同じ。
今は夏休みなので8月のレポートが特に多くて、9月は逆に少ないです。
どんな時に「自分変わったな」とか「自分成長したな」と思いますか?
小学生の頃、最初は家から遠めの支援級に行っていました。1〜2年生のときは大丈夫だったんだけど、3年生になってから、それまでと同じ先生の態度が変わってしまって、良くなくなっていったんです。先生が友だちに暴言とか言っていて。
そこで支援級じゃなくて、普通級の学校に行きました。
そうしたら、その先生はすごく良い先生でした。
そこが大きな転機だったかな。
あとは中学生のときに不登校になったことです。
勉強も大変で、体育祭もあって、委員もあって、部活もあって、とたくさん大変なことが重なっていました。
そこで不登校になって、「自分に無理せずがんばればいいんだな」とそう思えるようになりました。お母さんも休んでいることに対して「今までがんばったんだからいいんだよ」みたいな感じで、全然責められたりとか全くなかったので、そう思えたんだと思います。
(お母様からの回答)近くで見ていて、Yくんが「変わったな(成長したな)」と思った出来事があれば教えてください
(この質問だけ、お母様にも聞いてみました)
幼稚園から小学生にあがった瞬間
小学校は、はじめは支援級で人数が少なく、担任の先生とはすごく相性が良かったのもあり「決められたことに対してやりたいと頑張って取り組む」「不安なことはノートに書いて伝えられる」という様子に驚きました。
担任が優しくしっかり受け入れてくれていたのは大きかったです。
そしてやはり幼稚園時代に安心して感情をたくさん出しきったおかげ、という感はありました!
転校してからのY 先生との出会い
小学校5〜6年生は通常学級でありながら、できる範囲で配慮してもらいました。
本当に素晴らしい先生で、クラスみんなが伸び伸び優しくて雰囲気が良くて、でもやるべきことはやる!人として大切なことは何か!をたくさん学んでいました。
クラスのみんなのために頑張りたいというYの気持ちが出てきたり、みんなを引っ張る力なんかもこのときに学んだと感じます。
このときは岡崎体育の音楽とファンとの出会いの年でもあり、全ての良い部分がさらに伸びて、アクティブに楽しく動いた激動の年でした!
頑張り過ぎて不登校になってから
体調不良と付き合いながらになり、コントロール力を考えさせられていたと思います!
本来の望まない自分にも向き合うことになりました。
でも自分に対して冷静になれたと感じます。
代わりにBranchに入れたり、「自分に合うものって何か?」「気をつけるべきことは何か?」なども学べていた様子でした。
作品作りをする時間もたくさんできて、自分を見つめ直すには大切な時間でした。
高校生(今)
高校生になって自分をもっと知り、「自分の感情はこうなんだ!」と私にはっきり主張して引かない様子が増えました。思春期らしい感じがやっときたかもしれません。
自立へ向けて進みはじめている気がします。
親子で言い合いも増えましたが、これも通過してさらに飛躍のために成長していってほしいです!
顔つきもしっかりしてきて少し変わりました!
得意なことを誇りに、自分のペースで前に向かってほしいです。
(ここから先はまたYくんの回答です)
将来の夢はありますか?
「岡崎体育さんと仕事する」
映像制作が好きなので、そこをもっと深めて、岡崎体育さんのライブの裏に映る映像を作りたいです!
似た境遇で悩んでいる保護者の方、あるいは過去の自分に向けて、メッセージがあれば教えてください。
保護者さんに向けて:やっぱり、つらそうだったら学校は休んだ方がいいと思います。無理に学校に行っても意味がない。自分が楽しめないと意味がない。楽しめないんだったら行かなくていい。学校がすべてじゃない、です。
中1で不登校になったときの自分に:自分のペースを大事にしていきなね。
発達障害や不登校の子の「友だちができる。安心できる居場所」とは?
Branchでも1つの解決策として、不登校・発達障害があるお子さま向けの「学校外で友だちができる」オンラインコミュニティを運営していて、以下のような特徴があります。
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