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【中学3年生・男子】不登校のきっかけと対応、利用した支援と親子の変化 – Branchユーザーインタビュー

発達障害や不登校のお子さんを持つ保護者の方々は、どんな悩みを抱え、どんなふうにお子さんと関わっているのでしょうか。

発達障害・不登校の親子向けにオンラインコミュニティやメンターサービスを運営するBranchでは、サービスをご利用の保護者のみなさんにインタビューを行い、これまでのご経験を詳しくお聞きしています。

この記事では、現在中学3年生・男子の保護者の方にお話いただいた内容をご紹介します。

目次

子どものプロフィール

名前:Hくん
年齢:14歳・中学3年生
不登校の期間・様子:中学1年生の後半以降、ほぼ不登校
発達障害の診断・特性:小学校3年生の時にADHDと診断がおりている
好きなこと:ApexLegends、YouTube配信、ジョジョの奇妙な冒険。昔はカタン、フォートナイト、マインクラフト、カードゲームなど。ゲームは全般的に好き。

ゲームや漫画、小説もそうなんですが、好きなものはかなりやり込む気質です。

内容をすごくよく覚えていて、それをネタに何度も話をしたりプレイしたりして楽しんでいます。

「ゲームは全般的に好き」 Branch roomにて

不登校になったきっかけ

小学校までは普通に行っていましたが、中学校1年生後半からはほぼ学校に行かなくなりました。中学校1年生前半の時点でサボることが多かったんですけど、後半からはもう私と話して「もう行かない」っていう風に決めました。

きっかけは学校が変わったことが一番大きかったと思っています。中学校から学区が変わってお友達がいなくなってしまって。

本人は「そんなことない」と言ってるのですが、それは私に気を遣っているのかな、と思っています。本人としては「授業がつまらないから行かなくてもいいかなって思ってるんだ」と主張していますが。

発達障害の診断が下りた経緯

ADHDの診断が小学校3年生の時に下りています。

それまで私は全く気が付かなかったです。小学校2年生の時に学校の先生から「忘れ物が多いし、立ち歩きが多く、癇癪が凄いです」と言われていましたし、家でも特に癇癪が多かったんですが「まぁ男の子だからなぁ」くらいに考えていましたから。

小3で担任が変わった時にすぐ「失礼かとは思いますが、ADHDだと思います。病院で検査受けた方がいいです。」と言われて、病院に連れて行くことにしました。

すると1つ目の病院ですぐに「恐らくADHDですね」と言われて、診断が下りた形です。

ADHDと診断が下りた時のお母様の心境

私は安心しました。

上に女の子のお姉ちゃんがいるんですが、お姉ちゃんは比較的落ち着いているんですね。

それでHは「男の子だから」とは思いつつ、忘れ物が多いのと、立ち歩きも多いっていうのと、癇癪持ちだったので、「これは何だろう?」というのは、色々考えていました。

当時、立ち歩きをあまりしないように習字を習わせたり、集中できるようにそろばんに行か
せてみたり、癇癪がひどかったのでスポーツを習わせようとしたり、色々やってみていた時期だったので、診断が下りたことで「あ、やっぱりそういう感じの特性があったんだ」と安心しました。

「やっぱりね」っていう安心ですね。

ADHDの診断が下りてからの保護者の変化

診断が下りてすぐに、先生から「診断が下りるのが遅かったので、なるべくお母さんの方が先に変わるように、ペアレントトレーニングを受けましょう」と言われまして、直近のペアレントトレーニングをすぐ受けました。

その時に子どもに対する話し方だったり、子どもが怒ったときの対応だったりを習いまして、それでだいぶ対応が良くなったと思います。

お姉ちゃんからは「ママはこのペアトレ受けて、本当に生まれ変わったみたいだ。今までは凄い怒ってたのに、全然怒らなくなったから」と言われました。

「お子さんがこういうことをして、あなたがこう言ったとしたら、お子さんどう思いますか」など、シミュレーションをしてグループワークをやることが多かったんですね。

逆の立場を考えるという機会を持てたことで、私の態度もすごく変わったんだと思います。

不登校 / 発達障害の生活上の困りごと

学校での癇癪

テストをやった際に自分で100点だと思っていたのを、式を書かずに答えしか書かないことがよくあって、それを間違いにされて「え、なんで間違いなの!?」って言って怒り出すことが多かったです。

活動の切り替えが難しくて、それが原因で注意されて癇癪を起こすこともよくありました。
例えば、国語の本が面白くて休み時間中もずっと読んでいて、次に算数の授業で「算数の教科書を出しましょう」っていうときに「いや、これ面白いからもうちょっと読みたい」と言って、先生に注意されてすごい怒って、机の下に潜り込んだりしていたらしいです。

あとは「漢字のハネがちゃんとできてないから△です」と言われて、書き直してを指示されると、癇癪のあまり、紙を破いちゃうぐらいの強さで消しゴムを使っちゃうとか、そういう感じでした。

読み書きの困難さ

漢字になると点の位置とか、よく間違えていました。
漢字は本当に覚えられなかったですね。

小学校の時って宿題で「10回書く」ってあると思うんですけど、最初は普通に書いていても最後の方になると違うなっていう漢字になっていることが多かったです。

あと小さい時は鏡文字も多かったですね。

読むのは、好きな小説であれば平気なんですが、それ以外は全くダメで読みたがらない。なので、社会の授業などでは苦労していたみたいです。

学校との交渉

識字障害と言われるほどではないんですが、板書がすごい苦手で。全然連絡帳を書いてこないので、理由を聞くと「字書くのだるい」みたいなことを言ってました。

それで「携帯で写真撮ってくるのはいいんじゃない?」と言ったら「俺だけそういう訳には行かない」と言っていて、まあそれはそうだなと思いながらも、私から先生に交渉をしたらやっぱり駄目でした。

もう、にべにもなく「ダメ」と。

「書くのも学習の一環なので書いてください。書くのが遅いのであれば消さずに残しておくし、席も前の方にさせるので、とにかく書くように」という、半強制的な形でした。

あと、蝶々結びができないんです。
伸びる靴紐があって、学外のサッカーではそれを使っていたんですが、学校では「ダメ」と言われました。学校外のクラブでサッカーをやってる子が「俺もこれサッカーの靴で使ってるよ、便利だよな」と助け舟を出してくれたんですが、それでも許可されませんでした。

お子さんのこだわり

興味がないことは全くやらなくて、興味があることはずっとやっているっていう形です。
特にご飯は全く興味がなくて、夏はほぼそうめんか中華そばしか食べていないです。

ゲームについてはすごく細かいところまでやりますね。
「みんな知らないだろうな」というのを蓄積していくのが面白いらしいです。

アニメでも、よくこんなことを覚えるなっていうセリフを空で暗唱して楽しんでいます。

Branchとの出会い

今ほどADHDや発達障害がメディアでクローズアップされていた時期ではなかったので、自分で調べて情報を集めていました。

東京大学の「異才発掘プロジェクト ROCKET」を知って、講演を聞きに行ったりとか、親として色々と出来ることをやってみていた頃に見つけたインターネットサービスの一つがBranchです。「あ、今こういうのがあるんだ」って、すごく衝撃を受けたことを覚えています。

最初にBranch roomに行ったときは、中里さんが担当でした。

Hは人と会うのがあまり好きではないところがあったんです。
新しい環境に身を置くのが好きじゃない、というか。

でも、その時にゲームを一緒にやったと思うんですけど、「すごく楽しかった」って言ってました。

それで「あ、楽しいんだったらいいな」と思って、「通おう」と決めました。

何となく、Hは人との距離感を掴むのが苦手だな、と思うところがあるんですね。診断が下りた直後、外食してる時にお店の人からすごい怒られちゃったり、そういった経験があったので、よほどじゃないと相手に踏み込まないところはあります。

それでも、最初の時点で「楽しい」って言ってるのはすごいな、と。

Branch roomにて大好きなデュエルマスターズで遊ぶ

現在の過ごし方

学校に行っていなくて、私が働いていることもあって日中は一人なんですが、大体Branch経由で知り合った、不登校のお友達と遊んでいます

あとは、インターネットを介して出会う年上の友達とも遊んでいます。

日中は、私から「散歩ぐらいは行くように」って言われてるので、ちょこちょこ散歩には行っていると思います。

外に出るのが怖いというのはなくて、単純に恐らく家が好きなんです。

それで、たまに外に行って読書をしてます。自分で「ここは居心地がいいな」という場所を探して見つけるのもすごく好きなんですよね。

音に対しても敏感なので、「ここだと人が来ない」とか、静かなところを探しているようです。

進学については、ネットスクールのような場所に通おうか、と2人で話しています。
最初は「行きたくない」と言っていて、理由を聞いたら「勉強にあまり意味を見出さない」などと色々ごねていたんですが、「高校は行った方がいい」って私から強く勧めました。他のことはあんまり強く言わない方なんですけど。

そしたらまた息子に「なんで」って聞かれたので、「友達がいっぱいできるかもしれないじゃん」って答えたら、それでようやく「行く」って言いました。

不登校になってからのお子さんの変化

すごく大きな変化がありました。

最初の頃はあまり人に関わりたがらなかったですし、自分の意見もあまり言わなかったんです。

でも、Branchに行き出したら、スタッフもメンターさんも、皆さんよく話を聞いてくれるし、自分が好きなことができるし、自分が好きなことをやっていることを肯定してくれる場所で。

例えば私のようにゲームを知らない人だと「何でゲームしかやらないの?」とか色々言ってしまうけど、そういうことがまずなくて「ゲームだったらゲームを思い切り楽しもう!」っていう環境に身を置けるようになってきたんですね。

そこから、自分の思ってることをよく言えるようになったんです。

以前は母親にすら、自分の気持ちを話しませんでした。
例えば行きたくない場所に行く際に、わざと道を間違えて遅れて行かない、とかですね。

今は行きたくないのであれば「行きたくない、こうしたい」という主張ができるようになってきました。

例えばパソコンを買う時に「俺なんか学校行ってないのに」とか色々言ってたんですけど、「自分がいいならママはそれでいいんだけど」って言ったら、「じゃあこれがいい」って良いスペックのものを買いました。

その後、ゲーミングPCだけ先に買ってわざと椅子は買わなかったんですけど、その後に「ゲーミングチェアが欲しい」ってちゃんと言ってくれましたね。

もし私が反対したとしても、例えば中里さんだったりBranchのスタッフさんのように、他に話を聞いてもらえる場所ができているのが大きいんだと思います。

周りに相談できるのが、親だけじゃないというのが大事です。

保護者の願い

自分が在籍できる、身を置けるコミュニティがたくさんあった方がいいなって思っています。
そのコミュニティ内で良い思い出を作ってほしいなって。

本当にそれだけなんです、願いは。

息子からも
「他になんかないの」みたいなこと言われるんですけど(笑)

息子が以前、修学旅行に行かないと言い出した時に、
「ママは、修学旅行ぐらいは行った方がいいんじゃない?って思うけど」
と伝えたら、
「何で修学旅行だけやたら勧めるの?」
と返されて、
「漫画の中でも、修学旅行が思い出として良く出てくるでしょう。ああいうエピソードみたいなことがあなたにもあるかもしれないじゃん?」
みたいなことを言ったら
「はいはい、本当にママは『良い思い出ができればいい』とか、『楽しい出来事があればいい』って、それしか考えないんだね」
と呆れたように言われたことがあります(笑)

でも、私としては本当にそれだけでいいんです。


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【学年別】不登校のきっかけと対応、利用した支援やその後の変化 – 当事者・保護者インタビュー記事まとめ

ライター&インタビュアー:中里祐次

Branch代表。早稲田大学卒業後、㈱サイバーエージェント入社。子会社の役員など約7年勤めた後にサイバーエージェントから投資を受ける形で独立。自分の子どもがレゴが好きで、東大レゴ部の方に会いに行った時に目をキラキラさせていたのを見てこのサービスを思いつきました。好きなことは、漫画やアニメを見ること、音楽を聞くこと、サウナ、トレイルランニング、かなり多趣味です。Branchの子どもたちに鍛えられて子どもが好きな遊びはたいていできるようになりました。

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