
こんにちは。不登校や発達障害のお子さんと保護者さんのための居場所、Branch(ブランチ)です。
学校に行けないだけでなく、家の外にも出られない。この先どうなるのか見当もつかない。そんな毎日を過ごしている保護者さんは、少なくないのではないでしょうか。
今回お話を伺ったのは、この春に中学1年生になったユイさん(仮名)のお母さんです。小学5年生の秋から学校に行けなくなり、外に出ることもほとんどなくなったユイさんは、いまは中学校のサポートルームに「楽しいから、なるべく行きたい」と通っています。工作、料理、1対1で安心して過ごせる時間。小さな「楽しい」を一つずつ重ねていった約1年の歩みをご紹介します。
この記事の要点
- 小学5年生の秋から不登校になり、家の外にもほとんど出られなくなっていた女の子のご家庭の体験
- 小学6年生の秋ごろから口数が増え、「もっと長くお外に出られるようになりたい」と自分で目標を口にするようになった
- 夢中になった料理をきっかけに、小学6年生の2月、6年生になって初めてクラスの子と一緒に授業(調理実習)を受けた
- 中学1年生の春からは、別室のサポートルームに「楽しいから、なるべく行きたい」と週3回ほど通っている(2026年4月時点)
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| お子さん | 中学1年生・女の子(仮名:ユイさん) |
| 不登校の時期 | 小学5年生の11月末ごろから(小学4年生のころから、体調のことで休む時期があった) |
| 困っていたこと | 家から出られない/初めての場所や、できあがった輪に後から入るのが苦手 |
| 利用したサービス | Branch home+(メンターとの1対1の時間・オンラインのコミュニティ)・2025年4月ごろ〜 |
| 家族構成 | お母さん・お父さん・猫2匹(一人っ子) |
家から出られず「今日は元気がない」日が続いていた
ユイさんは小学4年生のころから、体調のことで学校に行けない時期がありました。長い休みが明けると行けることもありましたが、5年生でまた行けなくなり、11月末ごろからは学校を休むようになります。体調を崩したことで体力が落ち、学校行事にも参加できなくなりました。
「きっかけは体調面でつまずいたことで、先生が嫌だとか、お友だちと何かあったとかではなかったんです」とお母さんは振り返ります。
外に出られなくなったのも、ほぼ同じころでした。もともと人と関わるのは好きなタイプ。けれど初めての環境や、できあがった輪に「私も入れて」と後から混ざることは、とても苦手でした。
それでもお母さんには、ずっと願っていたことがありました。Branchを始めるときに寄せてくれた言葉です。
共通の好きなものがあるお友達とつながって世界が広がってくれたらいいな。
この願いは、ここから少しずつ形になっていきます。
外に出られない小学生が、もう一度「外」に目を向けたきっかけは?
ユイさんの場合は、「ここは自分の居場所だ」と感じられる場所と時間が、家の外に少しずつできたことでした。
暑さがつらかった夏が過ぎ、小学6年生の秋になると「今日は元気がない」という日が減っていきます。猫の話、ゲームの話。お母さんにも、自分から話しかけてくるようになりました。
一つは、行き渋りの強かった放課後等デイサービスでの出来事です。夏にサプライズの誕生日会で、それまでの写真のコラージュを贈られたことが、とても嬉しかったようだといいます。「自分もここのメンバーの1人なんだ、みたいな意識になったんだと思います」。
もう一つは、学校で週に1コマだけ設けてもらっていた、担任の先生とのマンツーマンの時間です。秋からは先生と1対1で工作をするようになり、ユイさんは「今週はあるの?」と楽しみに待つようになりました。
そして、ユイさんの口からこんな言葉が出てきます。
もっと長くお外出られるようになりたいな。
目標は「家の前のコンビニで、ゆっくりお店を見て回ること」。外に出られなかったユイさんが、自分から「外」を見はじめた。大きな転機でした。
運動会の前には、自分から「保健室から見せてもらうことはできるかな」と言い出します。お母さんが先生に相談し、別の教室から学年のソーラン節を見ることができました。とても疲れたけれど、ユイさんは「私がんばった」と話したそうです。
競うゲームが苦手な子は、オンラインでどう人とつながった?
ユイさんの場合は、メンターとの1対1の時間が入り口になり、そこから好きなゲームで別のお子さんとも遊べるようになりました。
ユイさんが夢中になっているのは、ゲームの「原神」と工作です。工作では、お菓子のパッケージを細かな文字まで写し取るような作業に、じっくり集中します。対戦や競い合うゲームは気持ちの面で好きではない。お母さんは、ユイさんらしさをこう表します。
コツコツ地味な作業を、淡々と誰かと共有したい。そういうスタンスなんです。
最初の体験では緊張していましたが、メンターがアバターを猫にしてくれて、ほっとした様子だったそうです。いまもメンターとの時間を毎回楽しみにしています。
「原神の配信をしてみたい」と言ったときには、メンターのサポートで一度挑戦しました。いまは「配信はもういいかな」と話していますが、「原神を誰かと一緒に楽しみたい」という気持ちは変わりませんでした。Branchで別のお子さんとつないでもらって一緒に遊んだときには、「また遊びたい」と喜んでいたそうです。
にぎやかな輪に飛び込むのではなく、安心できる1対1から、好きなものでつながる一人へ。ユイさんらしい広がり方でした。
「好き」になった料理が、6年生で初めての教室の授業へ
秋からお菓子作りを始めたユイさんは、年末ごろからお味噌汁などのご飯作りに夢中になりました。家族のために夕飯を作る日もあります。ユイさん自身も「随分元気になってきたな」と口にしています。
小学6年生の2月、学校の先生から「調理実習があるよ、お料理好きなら出てみる?」と声がかかりました。ユイさんは副菜とお味噌汁を何にするか自分で考えて、2コマ続きの授業をやりとげます。6年生になって初めて、クラスの子と一緒に受けた授業でした。
家の中で育てた「好き」が、教室への扉を開けた。好きなことがあるというのは、それだけで一歩を踏み出す理由になるのだと感じさせてくれる出来事です。
卒業式は、みんなと同じ席は難しいと自分で伝え、別の部屋から見せてもらいました。式のあとには、先生方があらためて卒業証書を手渡す時間をつくってくれました。「ここまでやってもらえるとは思っていなかったので、本当に感謝しかないです」とお母さんは話します。
中学に上がるのが不安なとき、どう選んだ?
ユイさんの場合は、地元の公立中学校の別室「サポートルーム」を見学し、本人が「ここなら行きたい」と思えたことが決め手でした。
小学6年生の秋の時点では、お母さんにも先が見えていませんでした。4年生まで通えていたという土台が、人も場所も変わる中学ではリセットに近くなってしまう。「私自身も、どうなるんだろうって全く先が読めない」と、当時の気持ちを話してくれました。
それでも、小学校の卒業前にサポートルームを見学すると、雰囲気がとても良かったようで、ユイさんは中学を楽しみにするようになります。入学式は保護者席の端で見て、途中からサポートルームへ行き、担当の先生にあいさつをしました。
「先が読めない」と感じていた中学が、「楽しみ」な場所に変わった。見学という小さな一歩が、ユイさんの気持ちを前に向けてくれました。
「楽しいから、なるべく行きたい」いまのユイさん
中学に入ってからは、お母さんの送迎で、午前中をサポートルームで過ごしています。ペースは週3回ほど。本人は「できれば平日全部行きたい」と話しています。
楽しいから、なるべく行きたい。
サポートルームでは、先生と工作やお裁縫をしたり、描いた絵でシールを作って交換したり、ボードゲームをしたり。同年代の子と接する機会がほとんどなかったユイさんにとって、おしゃべりをして過ごせる新しい居場所になっています。
体力が続かず休む日もあります。それでもお母さんは「息切れしないように、休みつつ、様子見で行けるといいなぁ」と、ユイさんのペースを大切に見守っています。
「美容院に行きたい」「身だしなみに気をつけたい」「歯の健診に行きたい」。学校の外のことにも前向きになり、食べる量が増え、背も伸びて、生き生きとしているそうです。
そして2学期。夏休みが明けると、サポートルームに同じ学年の女の子がよく来るようになり、ユイさんにお友だちができました。登校へのモチベーションはますます上がり、いまは「月曜から金曜まで、週5日登校する」という目標を、ユイさん自ら掲げています。楽しみながら、無理なく続けているところです。
午前中までという短い時間ではありますが、迎えに行った時に「今日も楽しかった、今日はこういう事をした」と学校での出来事をよく話してくれるので、私もとても嬉しい気持ちになります。
かつて「できれば平日全部行きたい」と話していた気持ちが、いまはユイさん自身の目標になりました。お友だちと過ごす時間が、その一歩を後押ししています。
お母さんが大切にしてきたこと
予定を詰めず、本人のペースに合わせる
行き渋りの強かった放課後等デイサービスは、週1回から2週間に1回に頻度を調整してもらいました。外出も「1日1予定」にして、疲れやすいユイさんの予定を詰めないようにしています。本人もいまの頻度を続けたいと話していて、放課後等デイサービスは、作ったお菓子を配る機会をきっかけに楽しい場所へと変わっていきました。
本人の「見てみたい」を、学校につなぐ
運動会の見学も、卒業式への参加の仕方も、ユイさんの希望をお母さんが先生に伝え、一緒に形を考えてもらいました。自分で言い出したことが形になる。その経験が、「私がんばった」という言葉につながっています。
一歩が踏み出せないときは、代わりに聞いてもらう
保護者どうしのオンラインの場で、ほかのご家庭の様子を聞いてみたい。けれど自分で書き込むのはためらわれる。そこでスタッフに代わりに質問してもらい、答えを読ませてもらう形を選びました。自分に合った関わり方を選べば、ほかのご家庭の知恵にも手が届きます。
勉強より先に、「行きたい」気持ちを
勉強は小学4〜5年生くらいのところで止まっていると感じています。それでもいまは、ユイさんが「学校に行きたい」と思えることを大事にして、急がないと決めています。学び直しは、ゆくゆく少しずつ。その順番を大切にしています。
まとめ
家から出られず、「今日は元気がない」日が続いていた小学5年生の冬。中学進学を前に、お母さん自身も「全く先が読めない」と感じていました。
変化は、少しずつでした。「自分もメンバーの1人だ」と感じられた場所、先生との工作、メンターとの時間、夢中になった料理。小さな「楽しい」と「がんばった」の積み重ねが、調理実習への参加、そして中学のサポートルームへ「楽しいから行きたい」と言える気持ちにつながっていきました。
ユイさんの場合、外へ向かう力を育てたのは「行かなきゃ」ではなく「楽しい」でした。いま、お子さんが家から出られない日々を過ごしている保護者さんにとって、このご家庭の歩みが一つの見通しになればうれしいです。
この記事について
2025年3月〜2026年4月に行った保護者面談6回の記録(うち2回は面談の文字起こしも参照)をもとに、Branchのスタッフが構成しました。
お名前は仮名です。
最終更新:2026-09-25
発達障害や不登校の子の「友だちができる。安心できる居場所」とは?
Branchでも1つの解決策として、不登校・発達障害があるお子さま向けの「学校外で友だちができる」Branch home+を運営していて、以下のような特徴があります。
- 同じように「学校行きたくない」という気持ちを抱え、家族以外の人との関わりが減ってしまった不登校のお子さま達が自分の「好きなこと」をきっかけに安心できる居場所や、友達ができるようなサービス。
- NHKや日テレなど多くのメディアにも紹介され、本田秀夫先生との対談や、厚生労働省のイベントの登壇実績もあり、サービス継続率は約95%以上。
- 小学校低学年のお子さまはもちろん、どんな子でも楽しく参加できるようにスタッフがお子さま一人ひとりに寄り添ったサポートを徹底。
Branch home+は体験ができます。ご利用を迷われている方は一度お気軽に無料面談予約をお申し込みください。





