
不登校に直面した保護者の約5人に1人が仕事を辞めています。
一方で、介護休業という制度は以前から存在し、対象家族には「子」が含まれています。子どもの状態によっては「常時介護を必要とする状態」に該当しうることを、厚生労働省も明言しています。
制度はあった。しかし、使われていなかった。
株式会社WOODY(Branch)は、不登校ジャーナリストの石井しこう氏、株式会社キズキとの3社共同プロジェクトで、その距離を埋めるツールを開発しました。LINEで質問に答えると、勤務先に提出する書類一式がPDFで生成される。2026年8月24日に公開しています。
本稿は、その制作過程の記録です。
| 記者会見の事前申し込み | 29件 — 2026年8月22日時点 |
| 報道・取材 | NHK・毎日新聞・中日新聞 — AERA、生活ニュースコモンズ ほか |
| 行政の反応 | 静岡県磐田市 — 全国でいち早く、市として制度とツールの周知に努めるとコメント |
| 省庁 | 厚生労働省・文部科学省 — 不登校と介護休業に関する見解を取得 |

なぜ、30年つくられなかったのか
介護休業が法律に位置づけられたのは1995年です。対象家族に「子」が含まれることも、制度上ずっとそうでした。
つまりこのツールは、30年前からつくれたはずのものです。それが2026年まで生まれなかった。理由は3つあると考えています。
1. 制度の解釈を、公的な確認まで持っていける人がいなかった
「不登校の子どもが常時介護を必要とする状態に当たりうる」という解釈は、条文を読んだだけでは確信が持てません。石井氏はこれを厚生労働省に何度も確認し、ガイドラインの形にしました。ここが埋まっていなければ、どれだけ良いUIをつくっても、根拠のない案内にしかなりません。
2. 届ける経路がなかった
切羽詰まった保護者が、PCで様式をダウンロードし、印刷し、記入して提出する。この経路は現実的ではありません。LINEを開いて、その場で質問に答えれば書類ができる。この形が技術的にも運用コスト的にも成立するようになったのは、ここ数年のことです。
3. 勤務先に言い出せる空気ができた
育児休業は、この30年で「取って当たり前」に近づきました。働きながら家族をケアすることを勤務先に申し出てよい、という前提が社会の側にできている。制度と技術だけでは足りません。ここが揃わないと、書類ができても提出されません。
制度、技術、空気。この3つが揃った地点に、このプロジェクトはあります。
私たちの仕事は、その3つを1つの画面の上でつなぐことでした。
01. 課題を「知られていない」で終わらせない
このプロジェクトの起点は、石井氏が持っていた問題意識と、厚生労働省の確認を経て作成されたガイドラインでした。
ただ、「制度が知られていない」で止めると、成果物は啓発サイトかパンフレットになります。それでは離職は止まりません。
私たちが設計の前に置いた問いは、こうです。
制度を知った保護者が、それでも申し出られないのはなぜか。
答えは、書類でした。介護休業の申し出には、勤務先に出す申出書が要ります。高齢者の介護であれば「要介護2以上」という分かりやすい基準がありますが、不登校にはそれがない。診断書も出るとは限らない。
そもそも、人事担当者の側にも「子どもに介護休業が使える」という認識がありません。
つくるべきものは啓発ではなく、会社の担当者が判断できる材料を、保護者が3分でそろえられる仕組みでした。出力されるPDFは3点セットです。
- 勤務先への説明文書
人事担当者向け。子どもも対象になるという国の情報と、その根拠へのリンク。 - 介護休業申出書
厚生労働省の様式に準拠。入力内容が流し込まれる。 - 要介護状態に関する第三者による申立書
スクールカウンセラーや同僚が「記載内容は事実だと思う」と申し立てるための様式。

記者会見では「実はいちばん助かるのは人事担当者かもしれない」という指摘が出ました。課題の定義が変われば、届く相手も変わります。
02. 関係者の合意形成から着手する
複数の企業・専門家が関わる社会課題プロジェクトでは、制作の前に「関係者と制作側の目線があっていない」という状態がしばしば起こります。
3社合同プロジェクト(石井氏、キズキ社、Branch)での前々作にあたる「学校休んだほうがいいよチェックリスト」では、制作に直接関わる人以外に途中の状況が見えず、リリース直前まで共通認識が揃いきらない場面がありました。
そこで今回、着手前にデザイナーがデザインヒアリングシートを作成し、3者(石井氏・キズキ社・Branch)それぞれに同じ設問へ回答してもらいました。冒頭では、まず制作側の仮説を提示しています。
現時点で私が捉えているデザインの軸を共有しておくと、①安心・信頼(動揺している方が「ここに任せて大丈夫」と感じられること)と、②正確さ・完遂(申請という手続きを迷わず・間違えず・最後まで終えられること)の両立です。(Branchデザイナー松本)
設問は8セクション。目的、ターゲット、利用シーンと心理状態、コンセプト、理想の状態、サイトの役割、トーン、自由記述。冒頭には「すべて埋める必要はありません」「空欄や『未定』も貴重な情報として扱います」と明記しました。関係者は多忙です。完璧な回答を求めると、シートは返ってきません。
割れた答えと、揃った答え
結果、答えは割れました。「やわらかさと信頼感・公式感のどちらに寄せるか」という設問への回答です。
| Branch中里 | 「信頼感・公式感」。厚労省や市区町村と同じような印象がいい |
| 石井氏 | 「やわらかさ」。事務的な感じや、専門性が必要そうな感じは避けたい |
| キズキ社 | 「やわらかさ」。ただし女性的すぎるのは避けたい(ピンクにしない) |
利用タイミングの想定も三者三様でした。一方、「このサービスを人に例えると?」には、三者とも同じ方向の答えが返ってきています。
| Branch中里 | 温かい誠実な大人 |
| 石井氏 | 頼れる女性の先輩。「よく来たね、あとはここに思うことを書いて出して」と言ってくれる人 |
| キズキ社 | 温かい専門家。優しいだけでなく、専門性がある |
「温かい」と「頼れる」の両方。ここが揃っていれば、トーンの割れは解けます。
デザイナーが出した解は、画面と出力物で役割を分けることでした。スマホで触る画面はやわらかく、勤務先に提出するPDFは公的な顔をしている。書体も役割で分けています(見出し・本文/帳票はBIZ UDGothic/数字はLexend)。
これは石井氏の回答そのものです。
ツール全体のトーンはやわらかさ。一方で出力されるプリントは「信頼感」がいいです
03. ヒアリングの一行を、仕様書の一行にする
シート終盤の「過去に似たサービスで困った・残念だった体験はありますか?」という設問が、結果的に最も効きました。
ヒアリングでの回答
間違えや記入漏れで再度、入力をさせられるときがありますよね。その際に、記載したはずの情報が消えている、入力箇所がわからない、というのは、お母さんたちを苦しめると聞きました(石井氏)
ビザ申請で、途中で保存できなくて、その都度情報を集めながら対応していると、毎回セッションが切れてやり直しになった(キズキ社)
→ 要件定義
- 入力途中は自動で下書き保存。LINEを閉じても残り、開き直すと復元される
- エラー時も入力済みの値は消さない
- 下書きはPDF生成の完了時にのみ削除(共有端末に個人情報を残さないため)
ヒアリングでの回答
前の質問に答えてなくても後の質問が見れるようにしていただけると、必要な情報を保護者があらかじめ集められて、いいと思います(キズキ)
→ 要件定義
- 未回答でも先の質問が閲覧できる。ハードゲートしない
ヒアリングでの回答
私自身が「よく読まず」に困る人なのですが、飛ばせないとイライラしちゃう笑(石井氏)
→ 要件定義
- 制度説明に「スキップして申請へ」ボタンを設置

勤務先の部署名や休業希望日など、その場では分からない項目があります。先が見えなければ、何を用意すべきかも分かりません。制度説明も同じで、必須ではあるが読了を強制すれば離脱する。置くが、飛ばせるようにする。
同様に、石井氏が「絶対に外したくない」欄に列挙した8行(対象家族に子・孫が含まれる/通算93日を3回まで分割可/就業規則への記載がなくても取得可/正社員でもアルバイトでも可/診断書が出せないことを理由に拒否はできない/給付金は原則67% ほか)は、サイトの「8つの事実」とPDF1枚目の内容になりました。
「3回に分けて使ってほしい」という回答(①情報収集 ②働き方の調整 ③子どもの居場所探し)も、3ステップのモデルケースとして画面に実装しています。
ヒアリングの一行が、仕様書の一行になり、画面の一要素になる。この線がつながっているかどうかが、この領域の制作物の質を決めます。
04. あえて実装しなかった機能
判定しない
ツールには、お子さんの状態を確認するチェック項目が5つあります(意思の伝達、危険の回避、物を壊す・自傷、認知・行動、日常の意思決定)。それぞれ3段階で回答します。
この結果から「常時介護を必要とする状態に該当しそうです」と自動判定を出すことは、技術的には容易です。親切にも見えます。
実装しませんでした。回答結果を書類に印字するのみとしています。
要介護状態に該当するかを判断するのは、国でもツールでもなく、勤務先の事業主だからです。ツールが「該当します」と表示すれば、会社の判断とずれたときに困るのは利用者本人です。逆に「該当しません」と出せば、本来取得できたはずの申し出を、私たちが止めてしまう。
判定しない。材料をそろえ、判断する人に渡すところまでを担う。ここは早い段階で確定させた設計方針です。
持たない
入力内容には、お子さんの氏名・年齢・心身の状態が含まれます。要配慮個人情報にあたるものです。
- 入力内容はPDF生成のためだけにサーバーのメモリ上で処理し、数秒で破棄。ファイルとしても保存しない
- データベースに保存するのは、メールアドレス・年齢層などの統計属性・同意ログのみ
- IPアドレスはソルト付きでハッシュ化して保存
- データベースは東京リージョンに固定(作成後に変更できないため、着手時点で決定。国外移転を回避)

「空白のフォーマットだけをダウンロードできる」導線も、途中で廃止しました。様式のみが文脈を離れて流通すると、意図しない使われ方が生じるためです。
社会課題を扱うプロダクトでは、実装しない判断が設計そのものになります。
05. 実装まで、社内で完結する
申出書のみをHTML/CSSから動的生成し、静的な2枚と結合して1ファイルで返す構成です。実装上の主な論点は次のようなものでした。
- 申出書がA4一枚に収まらない。厚労省様式を再現しつつ18項目を流し込むと溢れる。何を印字し何を落とすかは制度担当と協議して決定
- PDFの日本語が豆腐になる。サーバー上のChromiumに日本語フォントを同梱し、キャッシュを更新する必要がある
- LINE内でのPDFダウンロード挙動がiOSとAndroidで異なる。体験上の最大リスクとして実機検証
- PDF生成に10秒かかる場合がある。「生成中」表示だけでは不安が残るため、「時間がかかる場合があります。そのままお待ちください」を追記

デザインと実装が同じチームにあるため、監修による修正が入った際の反映が速い。これが次の項目で効いてきます。
06. 「わかりやすさ」と「法的な正確さ」を、同じ画面で成立させる
公開10日前、社会保険労務士による監修チェックで大量の修正指摘が入りました。
育児・介護休業法は、附則まで含めると7万字を超えます。石井氏のガイドライン段階で既にかなり噛み砕かれており、私たちはそこからさらに「保護者が読める言葉」へ意訳していました。
その結果、社労士の立場からは「ここは省略できない」「この言い換えは成立しない」という指摘が多数生じます。
しかもこれは、給付金という生活費に直結する話です。会社と利用者のあいだで認識がずれれば、困るのは利用した保護者本人です。
私たちは戻しました。分かりやすくした表現に、法律上必要な言葉を足していく作業です。
分かりやすくするだけならコピーの仕事です。正確にするだけなら専門家に任せれば済みます。その両方を、同じ1画面のなかで成立させることが、この領域の設計の核心です。
同時に、反省もありました。制作分担の確定が遅く、「誰が、どの深さで確認するのか」を着手時に握れていなかった。粗くても動くものを早期に出していれば、この修正は前半に露出できたはずです。この学びは、現在は着手前に確定させる項目として型になっています。
- 制作分担
- 意思決定者と、決定が渡る経路
- 確認の「深さ」(一字一句/内容/挙動のどれで見るか)
- 確認フローとテストリリースの時期
- 「確定」の宣言者
- フィードバックの受け口の一本化
07. ご一緒できること
社会課題を扱う仕事にはいくつかの型があります。課題を社会に伝える仕事。企業内に制度として実装する仕事。いずれも必要な役割です。
私たちが担うのは、そのどちらでもありません。
当事者が今夜スマホで使える道具を、設計から実装、公開後の運用まで持っていくこと。
01 当事者との接点
Branchでは日々、不登校・発達障害のお子さんと保護者に接しています。面談で聞いている内容がそのまま設計根拠になるため、想像でペルソナを構築する必要がありません。
02 関係者の言葉を仕様に変換する力
ヒアリングの「残念だった体験」が自動保存の要件になり、「飛ばせないとイライラする」がスキップボタンになる。この変換が、私たちのディレクションとデザインの中身です。
03 実装と運用まで自社で完結する体制
LINE LIFF、PDF自動生成、クラウド構築、監視、コスト設計まで社内で行います。デザインと実装が同じチームにあるため、監修修正の反映が速い。
04 監修が入る前提の進行設計
省庁の見解、社労士、医師、複数社の合意。この確認の連なりを前提に、スケジュールと確定タイミングを設計します。
こうしたご相談に向いています
- 制度や法律に触れる情報を、当事者が使える形にしたい
- 啓発だけでなく、実際に動くツールまで持っていきたい
- 複数の企業・専門家・行政が関わり、確認の設計が難しい
- 不登校・発達障害・子育て世帯に、確度高く届けたい
社会課題を扱うプロジェクトには、法律と、お金と、当事者の生活が同時に乗ってきます。そこを引き受ける前提で設計します。お気軽にご相談ください。
「不登校のための介護休業活用ツール」
- ツール(LINE)
https://lin.ee/n9SxptB - プロジェクトサイト
https://futoko-online.jp/futoko-kyugyo/ - 企業・人事向けサイト
https://futoko-kyugyo.branchkids.jp/
発起人・省庁や監修者との折衝:石井しこう(不登校ジャーナリスト)
プロジェクト全体の統括・ディレクション・広報:株式会社キズキ
監修:後藤宏(社会保険労務士)、河合佐和(精神科医)
連携:サイボウズ株式会社「つづけるプロジェクト」
制作:株式会社WOODY(Branch)




