私は、かつては周囲となじめない子どもでした。学校には好きなことを同じレベルで話せる友だちがおらず、いつも一人でいました。学校に居場所がなくなったこともあって、実は、一度学校をやめることになった経歴をもっています(その後については、「保護者さまへのメッセージ」をご参照ください)。療育に携わる言語聴覚士の妻のすすめで、専門機関にて自身は発達障害(アスペルガー+ADHD傾向)であることが分かりました。
また、幼稚園に通う私の娘は読書が大好きで、3〜4年生の漢字も理解しています。しかし、あまりにも友だちとうまくいかずに、一度幼稚園をうつることになりました。その後、娘は自閉症スペクトラムと診断されています。娘は現在パズルの塾に通っているのですが、そちらは非常に楽しそうで、同じレベルで4〜5年生たちと渡り合っているそうです。
こうした経験をしてきたところ、子どもたちがその好きなジャンルで対等かそれ以上の人間と出会い、楽しみながら得意な能力を伸ばしていくことを支援するという、Branchさまの存在を知りました。そこで、離れたところからではありますが、少しでも子どもたちの力になりたいと思い、メンターに応募しました。
日本史・受験・作文・論理・雑学・ゲーム
私は、かつては周囲となじめない子どもでした。学校には好きなことを本気で話せる友だちがおらず、いつも一人でいました。学校に居場所がなくなったこともあって、一度学校をやめることになった経歴をもっています。
その後、日本史を勉強するために大学院にいくと、一緒に学問に打ち込む友だちや、一流の指導をしてくれる教授が現れ、そうした人たちとは、現在も親しく交際が続いています。また、子どものころは一人、ゲームで遊んでおり、あるゲームでは日本で一番になったこともあるのですが、学校とは別のところで出会ったゲームのライバルとは、今も親友です。
大人になってから、自身も発達障害(アスペルガー+ADHD傾向)であることが分かりました。
こうした半生を振り返って言えることは、好きなことを一生懸命続けて能力を伸ばしていけば、いつか本気で付き合える人に出会い、大事な居場所を見つける日がくる、ということです。
ただ、そこまでの過程では、子どもたちは苦しむことも多いものです。お子様に楽しい時間を過ごしてもらいつつ、得意な能力を伸ばすことによって、お子様が大切な人間と出会い生涯の居場所を見つける道のりを、私は全力でサポートいたします。